「あ、じゃん」
「ん、丁度よかった水谷くん。先週ぶりだね。家寄ってく?」
「おう勿論」

毎日というわけではないんだけど、まれに会う女がいる。やつはいつも遅い時間にバイトから解放され、まるで酔っ払いのような足取りでふらふら歩いている。俺はそれをよく見かける。最初会った時、酒が入ってるもんだと思い、声をかけるとそいつが自分と同じくらいの年齢の女だってことに気が付いた。俺は目を見開いた。「大丈夫ですか?」と言うと彼女は「きみ、私が酔っているという勘違いをしているでしょう。でもこれはただ単に疲れてるだけなんだからね・・・」と何故か反抗的な態度で返されたのが、これが俺と彼女の始まりである。いつも暗くなってからの時間帯によく見かけるそいつのことが気になるわけでして、俺はたまに彼女に出くわして、たまにやつを家まで送っていってやっている。
まあ、実をいうとそんな忘れかけていたような話はどうでもいいのだけれど。部活が終わって、同じ野球部の連中と帰り道をチャリこいで、一人になったとき、丁度そのくらいの場所でとよく出会う。彼女のバイト先はコンビニであり、それは俺の家の近くにあるのでたまにお世話になったりすることもある。は一人暮らしなので、俺が家まで送っていくとたまに家のなかに招かれる。そういう時俺はちょっとわくわくした気分になったりする。
最近の俺の趣味は、そのの家で甘いものをご馳走してもらうこと。彼女の趣味は、お菓子作りであるらしい。彼女のバイトをする理由ってのは、その趣味のためにバイトを始めたらしい。熱心なやつだ。俺は嫌いじゃない。
甘いものが好きな俺は、彼女が家に俺を招く瞬間を楽しみにしている。彼女も自分で考えて作った試作品を誰かに味見してもらいたいらしく、なんというか俺は絶好の実験台ってところなんだろう。たまに、そういうものを食べさせてもらえる。
ところで、ここだけの話。彼女の作ったクッキーはどれもそこらへんに売ってるものとは比べ物にならないくらいサクサクとよい感触で、おまけにチョコチップを入れるという粋な計らいまでしてあるしだいたい生地にそのチョコチップを埋めた上で何故チョコを焦がさず焼き上げる事ができるのか!俺は感動した。それに彼女のつくるトリュフ・チョコはとろけるような舌触りで口のなかに入れるとすぐ溶けるって所の話じゃなくてほんの体温で簡単に溶けちゃいそうなかんじで、というか生チョコからちゃんとした手順を踏まえて作ってあるしだいたいこの甘さ控えめなのがいい。甘いものは沢山食べると気持ち悪くなってくるけど彼女の作るお菓子に「くどい」という単語はない。完璧だ・・・。だが彼女はそういうことを言ってあげてもただ「それは材料がいいからだよ」と言うばかりでちっとも自分の実力を認めようとしない。いやいやそりゃないよお前すげーよ・・・。ということで俺は少々のことを尊敬している。

「どうぞ、あがったら?」
「おじゃましまーっす・・・」

今日もがどんなもの作ってくれているんだろうという期待で俺は胸をふくらませていた。綺麗に磨かれた廊下をすべるように歩いていく。彼女の家の匂いが俺はすきだった。
は俺より先に靴を脱いで自分の家にあがると、手に白いビニール袋をひっかけたままキッチンのほうへ行った。俺はついていく。トイレとキッチンの場所なら知っている。
そういえば、つい最近知ったんだけど彼女は俺と同じ高校の生徒で、しかも隣のクラスだった。学校じゃ会った事がないので俺はそんなこと知らなかったし、彼女のほうも俺がまさか隣のクラスの人間だとは思っていなかったらしい。うれしい偶然に俺はつい顔の筋肉を緩めたのを覚えている。

「水谷くーん」
「なにー」
「いっておくけど、今日はなにもお菓子つくっておいてないよ」

ななななんだとー!俺は震撼する。そ、そんなぁ俺の楽しみが・・・。と落ち込むけど折角家に呼んでくれたに失礼だと思ったので「あーそうなんだぁ。残念だなあ」で済ませておいた。
つまり、俺が先週頼んだガトーショコラはこの次にお預けというわけか・・・。せっかくリクエストできたのに・・。しょげる。ずーん、というかんじになる。が、べつになにも落ち込むことじゃあない。
の家にはお菓子の作り方とかどっかの店のこんなお菓子、とかそういう本が棚の1スペース分ある。俺はの家にきてその本を読むのも楽しみにしていた。たまにすごく旨そうなのを見つけると俺はそのページにこっそり折り目をつけたり、そのへんのチラシを挟んだりしておく。大抵の場合がそれに気が付いて、大抵の場合そのお菓子作りを実行してくれるからだ。

「今日ね、店の商品のなかに不良品がみつかったんだ」
「ふりょーひん?」
「劣悪品とゆーか・・・」

はたまにコンビニのバイト中にあった出来事を俺に話してくれる。俺は人の話を聞くのが好きだし、とお話をするのは非常に愉快でおもしろいので俺はキッチンにあるイスを勝手に借りて座った。
さっきぶらさげてた白いビニール袋のなかから、はプラスチックの容器をいくつか取り出す。容器には「パイ・シュー」とかなんとか書かれたシールが貼ってあり、中には二つずつシュークリームが入っている。コンビニで買ったのだろうか。いや向かい側のスーパーかな?いずれにせよナイスの称号を与えよう。
だけど俺は最近、大量生産できるくだいのお菓子のほとんどに味が鈍感になっている。よく部活帰りに大勢でコンビニ寄るけど、そんときクッキーなんか買っちゃったら大変だ。俺はの作るお菓子の味に慣れてしまっている(それでも彼女の作ったものは食べるたびに感動するけど)ので、市販のクッキーなど食べても「ん?あれ?これおいしいのかな?」と思ってしまうのだ。幸せな証拠である。

「これ、見てよ。水谷くん、これね、シュークリームなんだけど・・・」
「買ってきたの?」
「ううん。もらったの。これなんだよ、不良品っていうのは。これね、シュークリームのくせにクリームがはいってないんだよね」
「ええ、そりゃひでぇ」
「店長も怒ってたなぁ。中身のないシュークリームなんて・・・。お客さんが見たらびっくりしちゃうよ。皮だけなんだもん」
「へー。そういうことってあるんだぁ」

プラスチックの容器は上の部分が透明にできているので、俺はシュークリームを外側から見ることができた。ああ、これは不良品だなあ。
皮だけ二つちょこんと乗っているだけで、なんとも元気のないシュークリーム。というかクリームがないのでこれは只のシュー、だ。本来ならあそこにはカスタードクリームとかあったんだろうなぁ・・。もったいない。

「てことは、これタダで貰ってきたの?」
「そうだよ。シュークリームの皮なんて欲しがる人いないしね」
「どうすんの、これ。俺に食べろと?」
「まあ、そういうわけなんだけどさ。折角だから生クリーム泡立てて中身つくっちゃおうかと思って」
「え、それ食べたい」

には言ってないけど、俺はクリーム系が大好きな人間だ。あの絶妙なやわらかさ。そして口の中に含んだときに液体になっていくあの感じだたまらなく好きだ。
出来立ての生クリームを味わえるというなら俺はなんだってするだろう。俺はなにか手伝える事がないかと冷蔵庫から生クリームのパックを取り出すの近くで目を輝かせた。
彼女がお菓子を作るところを見るのは初めてだった。はいつも前日か朝につくったものを俺に食べさせてくれるので、彼女は一度も俺の前でなにかを作ったことがない。
イスの上に胡坐という行儀の悪い体勢で座り、の手元を見つめる。彼女はパックを空けてボールのなかに生クリームを流し込み、ボールを斜めにして持った後、泡だて器でしゃかしゃかとかき混ぜていく。は卵白を泡立てるとき以外、電動の泡だて器は使わない主義らしい。この前本人が言ってた。
生クリームが角をたてるまではあっという間だった。そうなる前にはグラニュー糖を何杯か加えた。生クリームの完成である。完成というか、泡立てただけなんだろうけど。はそれをよく、紅茶に浮かべて飲むという。なんて贅沢な・・・。俺も一度はやってみたい。
彼女が手際よくクリームを生地のなかにおしこんで、シュークリームが本来の姿をあらわす。本来ならたぶんカスタードクリームなんだけど、俺にとっては生クリームも十分な贅沢である。
かぶりつくと中身であるクリームが溢れて口の端についた。

「うっめぇぇぇぇ」
「うん、でももうちょっと砂糖少ない方が好みだな、私は」
「なんだかんだ言って、俺はやっぱり生クリーム大好きだよー。あーこれ最高ー」

幸福な時間に俺はとろけそうだった。即席とはいえ、このシュークリームはうまい。人差し指で口元についたクリームをぬぐって、それも舐めた。
こういうとき、俺はよく生きててよかったなぁと思う。
やっぱりはすごいなぁ。すごいなぁ。俺は自分で二つ目のシュークリームを作るべく勝手に皮のなかにクリームをおしこむけど、うまくいかない。同じスプーンつかってるのにどうしてはあんなに器用なことできるんだろう。と思っていたらがやってくれた。器用だとおもった。それにしても、綺麗な手をしてるなぁ、としみじみ思う。こいつの手がちょっと好きだったりする俺だ。

「もしかして水谷くん、生クリーム好きだったりするの?」
「あはは、ばれちゃしょうがない。この世に俺ほど生クリームラブな人間はいないと思うよ」
「なんだ、言ってくれればそういうもの作ってあげるのに。そうだねぇ、簡単そうにみえて結構難しいから美味しくできる自信ないけど、ショートケーキなんてどう?」
「是非!もう優先順位トップで是非!」

あはは、水谷君はおかしな人だね、とが笑うから俺は幸せな気分になった。まさしく生クリームみたいに顔が溶ける。
には悪いけど、俺は今まで食べてきたお菓子のなかで、この即席シュークリームが一番美味しいと思うな。
確かにチョコチップクッキーもトリュフ・チョコもバームクウヘンもガナッシュも、みんなマジかよ?ってくらい旨いんだけど、ちがうんだよなぁ。なんてったって、の笑顔見ながら食べたお菓子はこのシュークリームだけだからね。
実のないシュークリーム
{俺の味わうこの時間の、なんと幸福なことか。}

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080106 {Dolce}様に提出させて頂きました。

[素敵小説提出ありがとうございました!! *Dolce/雛形]