じめっとした雨の中、夏が、俺たちの甲子園への夢が潰えた。だめだとわかっていても、どうしても塞ぎ込みがちになってしまう。 夏休みなのが幸いだ。夏休みが終わるまでは、誰にも会わなくて済むから。




また朝が来る。塞ぎっ放しの俺を母さんや弟は心配してくれているようだけど、何も言ってはこなかった。 家族はみんな出かけていて、家には俺一人だった。今日は天気が良い。久しぶりに外に出て散歩でもしようか。 そう思ったとき電話が鳴った。居留守を使おうと思ったけれど、ベルは一向に鳴り止む気配を見せないので出ることにした。


「はい。もしもし?」
『あ、準太?あたし!だけど』
「ああ…どうした?」
『うちに来て!今すぐ来て!』
「はぁ?」
『ちゃんと来てね!じゃ!』


幼馴染のは早口で用件だけ伝えるとさっさと電話を切ったようで、俺の持っている受話器からツー、ツーと無機質な音が流れていた。 とても誰かに会うような気分じゃなかったけれど、あいつは言い出したら聞かない。俺はしぶしぶ隣にあるの家に向かうことにした。





「お、来た来た!いらっしゃい」
「来た、ってお前が呼んだんだろ」
「まあそうなんだけどね。とにかくあがってよ」
「ん。お邪魔します」


何をする気なんだろう。この幼馴染の行動は昔からあまり読めない。家族は出かけているのか、家の中はひっそりとしている。


「じゃーん!わたしは今からお菓子作りに挑戦したいと思います!ちなみにバタークッキーです!」


胸を張って得意げには言った。


「お前、料理できたっけ?」
「失礼だなー、これでも女の子だよ?クッキーぐらいパパッと作れるよ」


いつもだったら笑い飛ばせるのに自分でもわかるほど小さくしか笑えなかった。


「…じゃあ、準太はリビングで出来るの待ってて」
「いや、作ってるところ見てる。俺こういうの初めて見るし」
「そっか」


それ以上は何も言わずにお菓子作りをはじめた。粉をふるう音とか、卵を割る音とかが、一言もしゃべらない俺たちの間に流れた。


「うーん」
「どうした?」
「レシピは丸型のしかないけど、それだけじゃ芸が無いっていうか、面白くないよね」
「そうか?」
「うん。よし!いろんな形のやつ作ろう」
「頑張れー」
「おー!」


俺の気のない応援の言葉をどうとったのかはわからないけど、はなぜか気合いが入ったようで、クッキーの形作りに勤しみ始めた。


「…よし!こんなもんでしょ!今から焼くぞー!」
「手伝う?」
「ううん。大丈夫」


そういうとはクッキーの生地が並べられた鉄板をオーブンに入れてスタートボタンを押した。


「良い匂いがする…」
「そうだね。普通のクッキーよりバターが多いから香りがいいね」


キッチン中にクッキーの香りが広がった。


「お、焼けた!おいしそー」
「良かったな」
「うん!」
「じゃ、俺帰るな」
「ちょ、ちょっと待った!」
「…なに?」
「せっかくだから食べてってよ!」


正直言ってそんな気分じゃなかったけど、ここまで(隣だけど)きてお菓子作ってるところ見てさようならって言うのもおかしいと言うか割に合わない気がする。 今までの勢いに押されて忘れてたけど、俺は一体何のためにこいつに呼び出されたんだ?


「じゃあひとつ…」
「ストーップ!」
「?」
「準太はまずこれから食べてください」


の所為で行き場を微妙に失った手にクッキーがひとつ乗せられた。 何なんだ。と思ってみてみると、渡されたクッキーは綺麗な丸型をしていて、微妙にミシン目のようなものが入っている。……野球の、ボール?


「え、」
「そんな準太くんにはもうひとつサービスです」


手渡されたクッキーはバットの形だった。びっくりしての顔を見るとおもむろにが言った。


「桐青は負けちゃったけど、準太は負けてなかった!」
「でも、俺の不調のせいで負けたようなもんだろ?」
「それは違うよ!って、あ゛ー!そういうことが言いたいんじゃなくて!」
「?」
「よし!」


すぅっとが大きく息を吸った。おもむろに片手を上げて、はここに宣言します!と叫んだ。


「わたしは野球やってる高瀬準太が好きです!もっと言うと一生懸命ボール投げてる高瀬準太が大好きです!」
「!!」
「だから、野球を忘れないで欲しい!嫌な思い出にして欲しくない!」
「……」
「そのボールとバットのクッキーを食べて、試合に負けたって、野球も先輩との思い出もいつまでも準太の中にあるってことわかって欲しい!」
「そんなこと言ったって、先輩と野球できることは、もうないんだぞ……」


女々しすぎるだろ俺。何やってんだよ俺。こんなことが言いたいんじゃないだろ。俺にはもっと言うべきことがあるだろ。
の片手が下ろされる。お互い何も言わなくなって、沈黙。さっきとは違って、沈黙の中に流れるものは何もない。
突然がふっと小さく笑った。


「準太、わたし利央くんって子に会いたいな」
「は?」
「バッテリー組んでるって言う和さんって人にも会ってみたい」
「…」
「あと、慎吾さんって人にも」
「慎吾さんは、やめとけ」


がさっきよりも楽しそうに笑う。


「準太、」
「?」
「良いチームメイトの人たちばっかりなんだね」
「…そうだな」
「準太を余計に野球に惚れ込ませた人達にあってみたいな」
「いつかな」
「みんな野球頑張ってるんだね」
「…ああ」

俺はいったい今まで何を悩んできたんだ。俺がやらなきゃいけないことは、塞ぎこむことじゃないと気づいた。気づかされた。目の前にいる幼馴染に。 俺の野球は、こんなところで終わるようなもんじゃない。ここでうじうじしてたら先輩たちに向ける顔がない。


「準太」
「ん?」
「また野球、やってくれる?」
「……うん」


ぱぁっとが笑った。かじったクッキーは甘かった。バターが多いからなのか、口の中ですぐに溶けた。ボールもバットも飲み込んだ。先輩との思い出も、後ろばっかり向かないという決意も一緒に飲み込んだ。


「そっか!安心した」

「なに?」
「…さんきゅ」


どういたしまして、と言ってがまた笑った。苺ジャムのようなものでデコレーションされているハート型のクッキーに手を伸ばした。苺ジャムが赤いリボンに見えて眩しかった。





リボン絡めのバタークッキー


(糸なんかよりもっと強いもので繋がっている)



20080205 企画「*Dolce」及び主催者の雛形りぃち様にありったけの感謝を込めて捧げます。
       素敵な企画に参加させて下さってありがとうございました!


[素敵小説提出ありがとうございました!! *Dolce/雛形]